[注文ををまちがえる料理店]を読んで思うこと

今回の記事はいわば読書感想文です。
本にある内容に大きく触れてしまうことは書きませんがお付き合いください。

昔は夏休み課題の読書感想文がめちゃくちゃ嫌いだったのに、まさか自分から進んで書くような日がくるとは・・・。英語も昔は大嫌いだったので本当に何が起きるかわかりませんね。

さて、今回の本はこちら。

僕はこのレストランが日本で話題になっていたであろう時期にはフィリピンにいましたので、知ったのはネットで見た何かのニュースです。 日本だとテレビのニュースとかで取り上げられてたのでしょうか?
2年以上も日本を離れるともう完全に浦島太郎状態ですね・・・。

ニュースで気になって、ホリエモンがこの本をfacebookで紹介していたのでキンドルで恒例のポチッとです!
ホリエモンは”ホリエモン祭り”でセブ島にきて実際に見たのがキッカケとなり、Facebookとかフォローしています笑。

この本を一言で言うなら、認知症の人がホールスタッフとして働くレストランの話です。認知症ですので、当然注文を間違えたり運ぶ机を間違えたりしますが、許してねって感じのコンセプト。

このレストラン、ただ認知症の理解を社会が深められるようにという意味合いを超えた大きな価値を感じました。
先日に書いたフィジーに関しての話とも意図せずかなり繋がってきている気がします。

フィジーの人は認知症とかでは全然ないのですが、とにかく適当なのでオーダー間違えるとかそもそも来ないとか日常茶飯事。ただみんながみんな適当なのでそれでも笑って許せるような寛大さが社会にあります。というかそもそも許すとか以前にまったく気にしていない・・・。

日本の社会は完璧主義過ぎて、働く方が疲弊してしまうのでフィジーまではいかないにしてももう少し寛大さがあっても良いのではないか、と上記の関連記事で書きましたが、この[注文をまちがえるレストラン]はそうした意味合いもあるのではないかと感じます。

こっちはこっちで美味しそうだからまあいいか!
というセリフが印象的でしたが、間違えて怒鳴りつけるよりもこのくらいの精神の方が、食べる方も出す方も幸せなんじゃないでしょうか。せっかく外で楽しい食事をしているのに怒鳴りつけるなんてしたくないです。それで機嫌悪くなって帰るなんて何しにきたのか本当によくわからない状態です。

このレストランは認知症でも活躍ができる場を提供することで、何かしら症状の役に立つ側面がメインだと思うのですが、こうした寛大な心を持つことで得られる自分自身の幸福感というのも大きなメッセージの1つではないかと感じました。

今は、期間限定でイベント的な形でのみ実施しているようですが、既に敢えてお年寄りを雇用しているファーストフード店(実家にいるような暖かい接客が非常に好評のよう)があったりするので今後こうした取り組みは増えていきそうな気がしますね。
とりあえず良い本でした。

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