※本記事は2016年3月に某無料ブログにて書いたものを加筆修正したものです。
ボホール旅行記まだまだ続きます。
今日はボホール島に住む少数民族を紹介。
このボホールの少数民族、英語でググッていたらたまたま見つけた民族です。日本語の記事としてはこれが初代記事になるかもしれません。
Eskaya people – Wikipedia, the free encyclopedia
ウィキペディアでも英語の記事しかないようです。英語は学問の共通語としての役割もあるので当然ですが、英語が出来るようになると集められる情報の量は日本語とは桁違いです。
この民族はボホール島の中でいくつかの場所に点在しているようなのですが、僕が訪れたのはギンドルマン付近の村です。
ギンドルマンはこんな感じの町でした。
こちらが町中心部のマーケット。ローカル感溢れる本当に小さな町です。観光客が来るような場所ではないでしょう。
この町の部分から、山の方へバイクで1時間くらい進みました。地元の人でも知らないくらいマイナースポットらしく、同行したフィリピン人の知り合いに、その都度道を聞いてもらいながらなんとか到着。現地語を話せる人がいないと、たどり着けるのかどうかといったレベルです。
そして到着。
村自体と、建物等には特徴は無く、典型的なフィリピン山岳地の村です。村の人口は200人程。人口自体は増え続けているようです。流石フィリピン。しかし、若者は仕事を求めて都市部へ行く人が多いとのこと。地元で行えるのは農業くらい。昔は民族衣装というのがあったそうですが、現在は町の人と同じような服装で暮らしています。見た目だけでは区別ができません。
そして、この民族の特徴は独自の文化です。彼らは独自の言語を持っています。書き記したノートがあるということで見せてもらいました。
2枚目は数字。3枚目はボディーランゲージです。口から発する言葉以外にもこうしたものを意思伝達の手段として使っているそうです。しかし、この言語実際に完璧に話せる人はお年寄りしかおらず、若者はビサヤ語、英語を利用しているそうです。絶滅危機の言語なのです。確かに外に仕事に行くなら、上記の言語が便利なのは言うまでもありません。しかし、こうした独自の文化を後世に伝えていこうと政府から正式に許可を得て、去年の6月から小学校の科目として取り入れたそうです。日本でいうと古文のような位置付けで考えていいでしょう。
生きるためには仕事をしないといけないので、この時代少数言語は淘汰されていくのが自然な流れですが、せめて学問の世界でこうして生き残っていって欲しいものです。
また、宗教も彼らは独自のものを持っています。
こちらが教会。「イングリッシャ フィリピーナ インディペンデンテ」という名前の宗教です。中を見ると、カトリック教会と非常に似ている雰囲気でした。カトリックから派生した宗教だと考えられます。
ここはフィリピンなので、フィリピンの法律が適用されますが、エスカヤ族は独自のルールを持っていてこれらも守る必要があるそうです。
全部で35個あります。内容は全てビサヤ語で書かれているそうなので、学校の先生にでも翻訳してもらおうと思います。
最後に村の小学校。
僕が訪れた次の日が卒業式だそうで、準備中です。今年の卒業生の数は18人?
建物の中に貼ってあったもの。内容は料理の材料ですね。給食用でしょうか?フィリピンの学校では給食が無いところがほとんどなので、もし給食ならかなり珍しいです。
今まさに消えつつある、少数文化に触れることができて非常に貴重な体験でした。フィリピンの大学生も社会科見学で訪れる事があるそうです。村長に今後の村をどうしていきたいか?と尋ねたところ「文化を継承しつつも、技術を使って生活を改善していきたい」と話していました。これからの時代はこうした場所であっても、一気に最新の技術に触れることが可能です。我々先進国が地道に作ってきた道を一気に駆け抜けることが出来るのです。そうした中、彼らはどういった方向に進んで、どういった変化を遂げるのか、、見届けていきたいと思います。